ごあいさつ

1.当院でおこなう人工関節手術のポイント

2.変形性膝関節症の症状と治療

3.人工関節置換術について

4.変形性股関節症の症状と治療

ごあいさつ

東都春日部病院整形外科部長・
人工関節センター長
田中伸哉

日本整形外科学会専門医
日本リウマチ学会専門医
日本人工関節学会認定医
日本骨粗鬆症学会認定医・評議員
日本骨形態計測学会理事・第45回日本骨形態計測学会学会長
Editorial Board Member of Journal of Bone and Mineral Metabolism

2024年8月に東都春日部病院整形外科部長・人工関節センター長を仰せつかりました、田中伸哉です。

人工関節センターといっても、以前からこの病院に設置されたものではありません。高齢者・超高齢者の多い春日部・越谷北部地区の方々の要望も少なくないとのことでお声をかけていただき、センターの設置、センター長の着任に至りました。

自己紹介になります。わたしは2009年に埼玉医科大学に赴任し、講師、准教授を務めさせていただきました。埼玉医科大学では安全で正確な手術であることを人工関節メーカーから認められ、全国から手術見学を受け入れていました(ビジテーションセンターといいます)。2021年9月にさいたま市のJCHOさいたま北部医療センターに異動しました。前任医師が人工関節手術を全く行っておらず0からのスタートでしたが、赴任から1年半の間に103件の手術をおこなうまでになりました。そうした業績を認められて当院への入職にいたったと思います。

さて2020年に報告された国勢調査の結果によると、越谷市の高齢化率は25.5%、春日部市は全国平均よりかなり高く32.5%ということです。いずれも人口は30万人程度ですので、合計で約20万人が65歳ということになります。変形性膝関節症の有病率は約55%ですから、単純に考えるとこの地域には約11万人の患者さんがいることになります。変形性股関節症の有病率は約16%ですから、約3万人になります。多くの方が膝や股関節に痛みで日々の生活に支障を感じているということです。いずれも要介護・要支援の原因です。

確かに手術は怖いです。そういった心理を理解してか、テレビでは「手術なしで治療」を謳った魅力的なコマーシャルが繰り返されます。しかし、幹細胞を使った再生医療、PRP、コンドロイチンやヒアルロン酸の内服を含め、レベルの高い研究によって効果が証明された治療法は一切ありません。手術よりはるかに簡単ですから、効果が確かであれば、当院に限らず色々な病院で導入しそうなものではないですか。

わたしも今は健康ですが、歳を重ねれば膝や股関節に支障を感じるかも知れません。しかし、鎮痛剤に頼っていても効果は一時的ですし、胃腸や腎臓、肝臓への副作用も心配です。膝や股関節の痛みのために、日々の暮らしに楽しみを見出せなくなり、手術を決断する時が来るかも知れません。「もしそうなったら、誰に手術をお願いしようか」と想像するとき、「自分が二人いれば、、、」と考えるのです。

当センターは「人工関節センター」とは名乗っていますが、すぐに手術をすると言うわけではありません。他院で薬物治療を続けたが効果がなくなってきたという患者さんや、変形が酷く日常生活も不自由という患者さんには手術をお勧めします。しかし、ひどくなければ、まず運動療法や薬物治療を提案させていただきます。多分、自分の家族が同じ状況にあれば、そうするからです。大事なことは、患者さんと医師との信頼関係だと思います。

1.当院でおこなう人工関節手術のポイント

詳しい内容については末尾の番号が記された部分をお読みください。

膝関節

傷の小さい小侵襲手術(約9cm)
バランスを考えた正確な人工関節の設置①
下肢のかたちは回復の早い生理的内反③

股関節

傷が小さく綺麗な小侵襲手術。脱臼の少ない前方進入法④
筋肉を損傷せず短い入院期間(1~2週で退院)⑤

2.変形性膝関節症の症状と治療

2-1.変形性膝関節症の原因と症状

当院では関節リウマチや膝関節特発性骨壊死症などの治療もおこなっていますが、代表的な変形性膝関節症について説明します。
膝関節は大腿骨(ももの骨)、脛骨(すねの骨)、膝蓋骨(お皿の骨)でできていますが、変形の多くは常に体重を支えている大腿骨と脛骨の間におこります。関節の表面はつるつるの硝子軟骨(一般にいわれる関節軟骨)で覆われています。さらに軟骨の間には内側と外側の半月板という組織があります。この半月板は膝関節を健常な状態に維持する重要な組織です。膝に安定感をもたらし、軟骨が損傷するのを防ぎます(図1)。しかし、半月板も歳をとると徐々に劣化がすすんでいきます。ゆるんだり、われたりして立ち上がる時や向きを変える時に痛みや脱力感を感じるようになります。これが変形性膝関節症の初期症状です。やがて、ゆるんだ半月板は関節の外に押し出され、軟骨同志がこすれるようになります。不安定な膝では軟骨への負担が大きくなり、摩擦も大きく、徐々に削れて薄くなります。やがて骨が露出し、骨と骨がぶつかるようになります。膝が不安定になり疼痛のために階段をおりるのも辛くなります。痛みを強く感じる時とそうでない時と波がありますが、このようにして変形性膝関節症は着実に進行するのです。

図1
膝関節の模型、左:膝蓋骨のある状態、中・右:膝蓋骨を外した状態

2-2.変形性膝関節症の治療

変形初期の症状は、立ち上がる時の痛みや脱力感です。半月板が傷んで機能していないことが原因です。加齢が原因ですから根本的な治療は困難ですが、膝の周囲の筋力を強化することで、膝関節を安定化させ、軟骨の負担を軽減することができます。疼痛の強い時には鎮痛剤やヒアルロン酸の関節内投与をおこないますが、鎮痛剤の持続的な内服はお勧めできません。変形が進み下肢がO脚、もしくはX脚になると、軟骨の無くなった部分には、より多くの体重がかかります。体重がかかる部分を変えるために、足底(挿)板の使用が効果的かもしれません。減量が効果的なこともあります。

さらに進行するとO脚、X脚も著明になってきます。歩き始めの痛みに加え、短い距離で歩き疲れ、階段を下るときは疼痛と恐怖心を感じ、手すりを掴んで一歩ずつ足を運ぶようになります。また、寝ていても膝を曲げる時に痛みを感じるようになります。膝の痛みのために日常生活に不自由を感じるようになれば手術をお勧めします。歳とともに変形した膝は絶対に手術以外で若返ることはないからです。

2-3.膝関節の手術治療について

まず、手術方法としては人工関節のほかに、外反骨切り術という方法があります。比較的若くて、体重が重くないO脚変形の患者さんにおこなう手術です。関節のすぐ下のところで脛骨を水平にきり、傾きを変えることでX脚にする手術ですが当院ではおこなっていません。

人工関節には単顆置換術と全置換術の2種類があります。内側か外側だけが傷んでいる場合は単顆置換術をおこないますが、内側も外側も傷んでいる場合は全置換術になります。

3.人工関節置換術について

3-1.人工膝関節単顆置換術(UKA: uni-compartment knee arthroplasty)(図2)

傷の長さは約7cmです。前述したように傷んだ部分だけを入れ替える手術です。技術的な話をすると、人工関節の厚さの分だけ傷んだ部分の骨を切り取り人工物に交換します。それ以外の部分を傷つけてはいけないので、繊細さが要求されます。入院期間は約2週間と短いことや関節がよく曲がることが長所ですが、片側で体重をうけるので骨が弱いと歩き始めてしばらくして、骨折がおこることがあります。術前に骨粗鬆症の検査をしますが、骨密度では分からないこともあります。

図2
人工膝関節単顆置換術症例(80歳女性):もともと変形性膝関節症だったが、膝関節特発性骨壊死症を合併し急激に疼痛が増強した。

3-2.人工膝関節全置換術(TKA: total knee arthroplasty)①②③(図3)

傷の長さは約9cmです。正確に人工関節を設置できる限界の長さです(日本人の場合)。

図3
人工膝関節全置換術(61歳女性);脛骨は患者さんの生来の傾きを維持するため脛骨軸に対して直角でなく87°に傾いている(生理的内反)。

 
人工関節全置換術の目的は傷んだ関節表面を人工物に置き換えることと、下肢のかたちを整えることです。下肢のかたちは生理的内反といって、変形する前の脚のかたちに近くします(図4)。以前は下肢を真っすぐにすることが理想と言われていましたが、もともとO脚が多い日本人の場合、真っすぐにすると膝の内側のつっぱりや、痛み、外側の緩みが生じます。逆にX脚の患者さんは下肢を真っすぐにします(図5)。下肢の形を整えるといってもバランスを無視してはいけません。膝の内側と外側が、曲げても伸ばしても同様にバランスがとれていないければなりません。この原則はコンピューターを使った手術(ナビベーション手術)でもロボットを使用した手術でも同じです(図6)。わたしは埼玉県では最も早くナビゲーション手術を取り入れましたが、正確なバランスと、正確な人工関節の設置については人間の技術に頼らざるを得ないのです。

図4
従来の下肢の機能軸を再現した真っすぐな脚のかたち(左)と患者さんの本来の脚のかたちを再現した脚(右)

図5
患者さんの本来の脚のかたちを再現した人工膝関節(赤線)では従来の真っすぐな脚(青線)よりも術後の成績がよい(JOAScore:日本整形外科学会変形性膝関節症治療判定基準:改善率を%で示す)(3Ms,6Ms,12Ms:術後3ヵ月、6ヵ月、12ヵ月)(2020年に日本人工関節学会で報告)


図6
コンピューターを用いたナビゲーション手術をおこなっている様子(写真は筆者)

 
入院期間は約3週間です。長所としては骨折の心配もなく、ほとんどの症例で30年程度は入れ替えの心配もありません。単顆置換術と比較して大きな手術になるので、訓練が大変なことが短所です。麻酔をした状態では、完全に伸びた状態から140度まで曲がりますが、麻酔が覚めると傷の痛みのために曲げるのが辛くなります。動かしながら慣らすことが重要です。

4.変形性股関節症の症状と治療

4-1.変形性股関節症の原因と症状

当院では、関節リウマチ、急速破壊型股関節症、軟骨下骨折、特発性大腿骨頭壊死症の治療もおこなっておりますが、代表的な変形性股関節症についてご説明します。

股関節は腸骨(骨盤の骨)に連続する寛骨臼(かんこつきゅう)と大腿骨頭(ももの骨の付け根)で構成されます(図7)。関節唇(かんせつしん)という線維軟骨(膝の半月板と同種の組織)が寛骨臼を縁取り、大腿骨頭を包み込んでいるので、股関節はとても安定しています(図8)。

図7
股関節の解剖。股関節は寛骨臼(かんこつきゅう)と大腿骨頭で構成される。寛骨臼の周囲には関節唇(関節唇;線維性軟骨)があり、大腿骨頭を包み込んでいる。

図8
画像上の変形性股関節症の病期

 
構造的に安定した股関節ですから、軟骨もすり減りにくく、自然に発生する原発性変形性股関節症は少ないといわれていました。以前は、生まれつき寛骨臼が浅く、関節が安定しない患者さんがかかる疾患といわれていました(乳幼児期に股関節検診が行われるのはそのためです)。しかし、寿命が飛躍的に延伸した現在では、加齢によって関節唇や関節軟骨が傷むことや、背骨のかたちの変化が変形性股関節症の原因となっているようです。

症状は原因によっても異なります。股関節を曲げこんだ時に傷む場合は関節唇損傷があると考えられますが、比較的若い方に見られる症状です。初期のうちは、歩き始めの痛みや、長く歩くと臀部や鼠径部(そけいぶ;ももの付け根)が重たくなってくるという訴えが聞かれます。あぐらをかくときに股関節が開きにくいという訴えも聞かれます。進行すると、靴下を履く動作や車の乗り降りで股関節を開くのが大変になり、床から立ち上がる時も支えが必要、深いソファーに長く座れないようになってきます。さらに進行すると、立ち仕事を長く続けられない、就寝時にも痛みを感じる、といった訴えが聞かれます。爬行も目立つようになります。

変形性股関節症による痛みは、大腿(もも)や膝の痛みとして感じられることもあり、腰部脊柱管狭窄症、大腿神経痛、変形性膝関節症と診断されていることも少なくありません。痛みが鼠径部に留まらないのも特徴です。

4-2.変形性股関節症の治療

変形性股関節症の画像上の重症度は前期、初期、進行期、末期に分類されます(図8)。運動療法は初期から末期まで、全病期を通じて重要です。基本的には股関節を開く筋肉(外転筋)と内側に回す筋肉(内旋筋)を鍛えます。外転筋は膝を閉じて椅子にすわり両膝の上のあたりをタオルやゴムでしばり、股を開くように力を入れます。側臥位になって脚を伸ばしたまま股関節を開く運動も外転筋をつけるのに有効です。内旋筋は両足首をしばり、腹臥位になり膝を曲げて両膝をつけた状態で両足を離すように力をいれます。

初期のうちは鎮痛剤も効果的です。しかし、常用すると胃腸ばかりでなく腎臓や肝臓を傷めてしまうので、痛みを感じる時だけ内服することをお勧めします。常用しなければ不自由を感じるたり、鎮痛剤を内服しても効果が不十分なようであれば手術を考える時期です。ヒアルロン酸の投与も初期のうちは効果的ですが、股関節の変形を止めることはできません。また、軟骨を元通りに修復する治療(再生医療)は世界中探しても発明されていません。

4-3.股関節の手術治療について(図9)④⑤

生まれつき寛骨臼の発達の良くない臼蓋形成不全が原因の続発性変形性股関節症の患者さんには骨切り術が行われます。一般的には若い方が対象になります。しかし、材質の進歩などもあり徐々に人工関節の適応が広がっています。

図9
術前計画:人工股関節全置換術をおこなう際には3D画像を用いてAI処理後に計画を立てる。

 
70歳台前半までの比較的若い患者さんでは、活動量が高いために進行期でも疼痛が強く自覚されることが少なくありません。進行期や末期の方には人工関節置換術をお勧めします(図10)。股関節は二足歩行をする人間にとって、身体のバランスをとる重要な関節です。つまり、この関節に障害が生じると、背骨や膝などいろいろな場所に負担がかかります。やがて、その負担は股関節以外の部位の変形を引き起こします。日常生活に不自由を自覚するようになったら、手術の考え時だと言えます。

図10
工股関節全置換術の術前(左)と術後(右)(74歳男性);若い頃に右股関節に怪我をしたことがあった(詳細不明)。日常生活に支障を生じていたが、他施設では手術を断られていた。

 
手術の技術や手技の違いが結果にコミットすると言えます。股関節はギヤボックスのように関節の袋で包まれていますから、股関節の腹側から関節袋を開くか、背側から開くかによって大きく前方進入と後方進入に分かれます。脱臼をする可能性がゼロではないのが人工股関節の欠点ですが、股関節は腹側にしか曲がらないので(大腿骨頭は背側になります)、背側に壁があれば脱臼を防ぐことになります。つまり、前方進入のほうが脱臼しにくくなります。前方進入法には直接前方進入法(DAA)と、前側方進入法(ALとワトソン・ジョーンズ変法)があります。このうち、ワトソン・ジョーンズ変法は外転筋に切開を加えるため回復が遅くなります。もっとも良い方法はDAAかALとなりますが、当院では技術的には高度ですが大腿骨側に長い人工関節を使用することが可能なALをおこなっています。入院期間は2週間程度です。

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