論文圧力のない正月

35年にもなるだろうか。いつも正月周辺の日々はいくつもの論文を書き続けていた。論文書きだめの日々であった。日本語の依頼原稿もひっきりなしで、常に4~5本以上は抱えていた。英文の分厚い本も何章か著した。4年ほど前に最後の医局員の学位論文を検討し終わった後、もう論文はやめた、と言ってからも、続いた。昨年(2020年)の正月は「山形大学第一外科20年の手術成績」を山形医学に投稿し、査読を受けていてこれを直しているところであった。それが1月中旬に採択され、他にも幾つか抱えていた依頼原稿数本も終わった。もちろん若い頃は英文の原著論文を書き続けていた。

論文圧力のない正月をついに手に入れた。それまでは常にいつでもどこでも24時間365日、論文の締め切りに追われ続ける生活でもあった。もちろん臨床を含めた社会的役割は手放せなかった。したがって週末、連休、季節の休暇もほぼなかったと言っていい。

今でも世界に発信してないさまざまなことがあり、発信したいと思っている。これまで英文を十分かけなかった反省はある。日本語で書いていてもこれだけ体力を含めた何から何までを奪うのだから、英語で書き続けるのは無理、とある時期から控えていた。英語で書きたい気持ち、書かなくてはならないことはまだ山ほどある。英語が母国語の研究者は羨ましい。

いずれにしろ論文圧力のないこの心地よさを満喫しながら、大先輩の「あと10年は社会貢献をしなさい」との言葉を胸に、できることを世に発信して生きたと思う。